キキウェル 菊本:雑談

  • 2019.03.25 Monday
  • 00:09

今日は3か月ぶりに母親に会いに行った。

 

95歳になる母親はパーキンソンが進んで、自分では動くことができない。

かわいそうなのが、身体は動かないが、脳ミソはそこそこ動いてるところ。

 

そこに行くと必ず言われることが「お前は大丈夫なのか?ちゃんと喰えているのか?」

もうすぐ還暦を迎えようとしている私に、「喰えているのか?」と聞くのだ。

 

私の母親はどちらかというとネガティブで、心配性である。

それ自体はそれほど悪い事と思わないし、私もネガティブだから理解も出来る。

 

そこで何故私が心配されるのかを考えてみた。

 

結論としてはまず"心配したい"という欲求があって、そこに後から対象を

当てはめるのだと思う。

 

私は3人兄弟の末っ子であるが、兄はしっかりしていて、千葉に住んでいて、

悠々自適にゴルフ三昧の日々を送っている。

ゴルフが健康を阻害しているのではないかと思うほど三昧だ。

 

姉はガチガチの堅物で、「正論以外は許さない」と言う人である。

なんと言うか"遊び"が少ないお方だ。

 

でも兄弟仲はすごく良くて、兄も姉も大好きではある。

 

その兄弟の中で、一番"遊び"が多くて身が軽い私がその対象になるのは

想像に難くない。

 

でも、身体が動かなくて、脳だけが動いているのであれば、

脳のレジャーとして私の存在は重要なのかもしれない。

 

母親は今日の会話で「俺の何が心配なの」と聞いても答えられない。

私が死ぬことだとすると、私から言わせれば、「それはこっちのセリフだよ」

と言うことになる。

 

私の死が心配なら、生活保護を頂いて、つつましく生活してるのであれば、

心配はしないのだろうか・・・?

 

どちらにせよ心配なのである。

心配な理由が母親自身にもわからないのだ。

 

でも、存在自体が心配って言われたらどうしよう・・・。

生まれてすみませんとしか言えないな。

 

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株式会社 kikiwell

代表取締役 菊本裕三

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